大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 昭和34年(わ)47号 判決

被告人 舞木富三

昭一二・一〇・三生 自動車運転助手

主文

被告人を禁錮八月に処する。

但し本判決確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

右猶予期間中保護観察に付する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

被告人は昭和三十三年十月から福島県田村郡船引町大字上移字町百九番地に製材兼牛乳輸送業を営む石井恒雄に雇われ同人方に住込んでその所有する貨物自動車に助手として乗車し牛乳輸送の仕事に従事している者であるが、

第一  将来自動車運転免許を得た上石井方で自ら貨物自動車を運転する為めその準備として同年十月頃から石井方附近広場等に於て継続して自動車運転の練習をしていたところ、昭和三十四年一月十三日石井所有の大型貨物自動車(福島一あ一二三三号)を運転し時速約三十五粁を以て西方は同県安達郡本宮町に、東方は田村郡三春町及び安達郡岩代町小浜方面に通ずる俗称三春街道又は小浜街道と称する県道上を東方から西方に向け進行し午前十一時頃福島県南交通株式会社バスの中舟場停留場のある安達郡本宮町大字高木字高木三十七番地先より手前(東方)約二三米の地点に差しかかつた際右停留場のある三十七番地先道路の南側(進行方向左側)にある松屋菓子店こと佐々木茂政方前路上には自転車が立てかけてありその附近に二人位の男女が立話をして居り又佐々木方の向側(北側)の道端に在る電柱附近にも二三の人が佇立して居るのを認め更に右停留場の東側に於て右県道と直交する十字路の北方から県道に出で西方に向つて歩いて行こうとする大内守夫を認めたが、右停留場附近の県道は当時四・一五米の狭隘な道路であり而も前示貨物自動車の幅は二・三三米であつたので該自動車が停留場附近を通過するに当つての道路両側の人の通行し得る余地は極めて狭いものとならざるを得ないから同所に於て佇立又は歩行している者に車体を接触させる等に因つて不測の事故を惹起する危険が大きい情況であつたから自動車の運転に従事する被告人として警笛を吹嗚し、道路両側の佇立者及び歩行者の動静に絶えず注意を払いつつ極度に減速徐行するか乃至は必要に応じ一旦停車して佇立者等に対し接触する危険のないことを確認する等の措置を取り以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず之を怠り二十粁位に減速した丈けで、折柄前示十字路から県道に入り右折(西方へ曲ること)して右停留場附近で被告人の自動車の車体の右側(北側)に並行になつた前示大内守夫の横を右自動車が安全に通り抜けられるものと軽信しその後の大内の行動を見守ることなく、通路左側(南側)の方のみに注意を向けて進行を続けた結果前同時頃右停留場のある路上北側に於て遂に車体の右側を大内守夫に接触之をその場に転倒させ右後車輪で同人の胸部等を轢圧し右第五乃至第八肋骨々折等の傷害を与え、因つて同人をして同日午前十一時十五分安達郡本宮町字南町裡百四十九番地谷病院に於て死亡するに至らしめ

第二  法令に定められた運転の資格を持たないで、前同日午前十一時頃安達郡本宮町大字高木字高木三十七番地附近道路に於て前示大型貨物自動車を運転して無謀な操縦を為した。

(証拠略)

法律に照すと被告人の判示第一の所為は刑法第二百十一条前段、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に、同第二の所為は道路交通取締法第七条第二項第二号、第二十八条第一号、罰金等臨時措置法第二条に各該当するところ第一の罪については禁錮刑を第二の罪については懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条、第十条を適用し重い第一の罪の刑に法定の加重を為した刑期範囲内に於て被告人を禁錮八月に処すべきところ、情状を按ずるに本件記録及び当公廷に顕出された資料に依ると被告人は昭和三十三年一月七日三春簡易裁判所で無免許自動車運転のため道路交通取締法違反として罰金千円に処せられたことあるに拘らずその一年後にまたもや無免許運転を為し遂に貴重な人命を喪わしめるの一大失態を演ずるに至つたものであつて、今や都市農村を問わず自動車類の氾濫に因り所謂交通地獄を現出しある実情に思を致せば本件の如き悪質事犯は最も厳重に糾弾せらるべきは深く説く迄もないであろう。然し乍ら被告人は雇われ先に於て平素真面目に勤務して居り本件は偶々主家に正規の運転者が欠けたに拘らず急拠集乳を福島市に運搬するの必要を生じ主人の指示に因り己むなく本件貨物自動車を操縦して惹起したものに係り、前記処罰を受けて以来本件に至る迄固より無免許運転をしたことはなかつた。被告人は事件後痛く自己の失錯を悔い、被害者の遺族に対し千円の香奠を贈ると共に勤先の主人石井恒雄も亦右遺族に一万円の香奠及び花環を贈り更に自動車損害賠償補償法に基く所定の保険金額の外二十万円を支払うことに因つて之と円満に示談を遂げ既に右二十万円全額の支払を完了している。而して右石井は引続き被告人を雇い厳重に監督の上運転免許を取らせ運転者として手許で働かせる心算であると述べている。以上諸般の事情を考量すれば今回丈けは刑の執行を猶予するのが相当と認められるので刑法第二十五条第一項第一号を適用し本判決確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、同法第二十五条ノ二第一項前段に依り右猶予期間中被告人を保護観察に付し訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り全部被告人の負担とする。

弁護人は被告人は本件貨物自動車を当日主人の命に依り一回丈け運転したものであるから被告人の判示所為は業務とはならないので本件は単純過失罪に該当するものである旨を主張するから以下之に対し判断を与える。

凡そ刑法第二百十一条に所謂業務とは社会上の地位に基き継続的に従事する事務であつて人の生命身体に対する危険を伴うものを指し、反覆継続の目的乃至その事実のある限り、格別の経験あるいは法規上の免許等を必要とする場合においても、その業務たるためにはこのような経験乃至免許の有無を問わないものと解すべきところ(昭和二五年一二月二一日福岡高裁一刑判決高等裁判所判例集三巻四号六七二頁参照)本件被告人の判示無免許運転の行為はそれ自体としては当日主人の命に依る一回限りのものであつたことは証拠上明かであるが被告人の検察官に対する供述調書に依れば被告人は昭和三十三年十月石井恒雄方に住込んでから、自動車の運転免許を取る為め、同人の貨物自動車を用いて同人方附近広場で運転の練習を為し又同年十一月頃一ヶ月位福島市内の自動車学校に入学して練習を為していたもので被告人は免許を得た後は正式に運転者として石井方で牛乳輸送の仕事に従事する予定であつた事実を認めることができる。従つて被告人は本件事故発生以前に反覆して自動車の運転をやつて居り而も之は自己の雇われ先の仕事に関連を持つている訳であり本件の運転も同様の関係に在る以上被告人の本件所為も当然業務に属するものと認めねばならない。然らば弁護人の前示主張は之を採用することができない。

仍て主文の通り判決する。

(裁判官 菅野保之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例